音楽のP2Pダウンロードに関する「らばQ」の釣り記事と、相関関係と因果関係の混同

らばQというサイトで、音楽のP2Pダウンロードが増えるとCD購入数が増えるので、P2Pによる音楽の頒布をしたほうが良い、という記事が掲載された。
しかし、元の論文を見れば、ひと言もそんなことは書いていない。


反論記事はいくつあっても良いだろうということと、統計調査の結果について「相関関係」と「因果関係」が違うといことの理解が必要だろうと思い、エントリにした。

らばQの釣り記事

違法ダウンロードされたほうがCDは売れるの法則が判明:らばQ

著作権違反の違法コピーやそれらをネットで手に入れる違法ダウンロードが問題になって久しいですが、音楽業界にとってはいささか衝撃的とも言える調査結果が発表されました。

違法ダウンロードをしてる人ほど音楽CDをたくさん買っている、というものです。

むしろたくさんの人に作品が届くようになり、売り上げも伸びるわけです。

つまり今後、音楽のプロモーションとして、WinnyWinMXのようなP2Pファイル共有ソフトに公式なMP3を流す、というのも効果があるということです。


この記事では、「違法ダウンロードをしてる人ほど音楽CDをたくさん買っている」から、「音楽のプロモーションとして、WinnyWinMXのようなP2Pファイル共有ソフトに公式なMP3を流す、というのも効果がある」という結論を導いている。


このような結論が出せるのは、「P2Pダウンロードが増える→CD購入数が増える」という因果関係を前提としているからだ。
しかしながら、統計調査の結果からわかるのは相関関係であって因果関係ではない。


このような論文を使って、自分に都合の良い結論を導いた上で、その主張に科学的な根拠があると見せかけることは、非常に罪深い。
なんとか還元水が、よくわからない装置で計った結果を数値やグラフで見せ、健康に良いですよと適当な数字を並べ立て、科学的な根拠があるとみせかけることと、本質的にかわりはないからだ。


正直、「世界からニュースを」とか言ってるサイトの記事としては見識を疑ってしまうレベルの内容だ。
とはいえ、「世界からニュースを」とトップページに書くようなサイトが、まさか、こんな初歩的なミスを犯すとも思えない。おそらく、これが「釣り記事」というやつなのだろう。
しかし、「釣り」と明記はされているわけではなく、これを本当の話と信じてしまうひともいるかもしれないので、いくつか反論記事があっても良いだろう。


なお、この記事が掲載されるきっかけとなったと思われる記事では、特に煽動的な内容とはなっていない。
http://peer2peer.blog79.fc2.com/blog-entry-835.html

まぁ、とりあえずこの調査を纏めると、P2Pファイル共有がCDセールス、デジタル配信セールスに対して、ポジティブな影響、ネガティブな影響のどちらかを与えているとは断言できない、という事実が示されたと。P2Pファイル共有ユーザのみに限定して言えば、より活発にダウンロードしている人ほど、CDを購入していることが示された。


また、すでに反論記事も存在しているが、多くても困ることはないと思う。
違法ダウンロードされたほうがCDは売れるというデマ

結論としては「違法ダウンロードされたほうがCDは売れる」というのは自分に都合のいいように情報を解釈したり、流したりするというよくあるネットの伝言ゲームの結果だったとさ。

元の論文の結論

らばQの記事の下に、論文へのリンクも張られている。
http://strategis.ic.gc.ca/epic/site/ippd-dppi.nsf/en/h_ip01456e.html
そして、その結論部分(Summary of findings)に以下の記述がある。

we are unable to discover any direct relationship between P2P file-sharing and CD purchases in Canada.

カナダにおける、P2Pファイル共有とCD購入に関して、直接的な関係を発見することができなかった。

we find no direct evidence to suggest that the net effect of P2P file-sharing on CD purchasing is either positive or negative for Canada as a whole.

カナダ全体では、P2Pファイル共有がCD購入に対して、ポジティブな影響を与えるという直接的な証拠も、ネガティブな影響を与えるという直接的な証拠も得られなかった。

However, our analysis of the Canadian P2P file-sharing subpopulation suggests that there is a strong positive relationship between P2P file-sharing and CD purchasing. That is, among Canadians actually engaged in it, P2P file-sharing increases CD purchasing. We estimate that the effect of one additional P2P download per month is to increase music purchasing by 0.44 CDs per year

しかしながら、P2Pファイル共有利用者の分析から、P2Pファイル共有の利用とCDの購入には強いプラスの相関関係があることがわかった。P2Pファイル共有利用者の中では、P2Pファイル利用がCD購入数を増加させている。ひと月に1回P2Pファイル共有により音楽をダウンロードすると、年にCDを0.44枚多く購入するという関係が推測される。


英文の中に、「P2P file-sharing increases CD purchasing」とあるが、相関関係の説明として、P2Pファイル共有によるダウンロード回数を説明変数としたときに従属変数であるCD購入枚数がどう変化するかの記述に過ぎず、決して因果関係を説明したものではない。

統計調査からわかること

統計調査の結果からわかるのは「相関関係」であって「因果関係」ではない。


この論文の結果からわかるのは、次の2つだ。


1. AさんとBさんのP2Pファイル共有による音楽ダウンロード回数が、それぞれ月1回と月2回だったとき、AさんとBさんでは、Bさんの方が年間CD購入数が0.44枚多いと推測できる。


2. AさんとBさんの年間CD購入枚数はそれぞれ1枚と2枚で、かつ両者がP2Pファイル共有を利用している場合、AさんとBさんでは、BさんのほうがP2Pファイル共有によってひと月に音楽をダウンロードする回数は2.27回(=1/0.44)多いと推測できる。


この結果からは因果関係はわからない。
ダウンロード回数が増えるからCD購入枚数が増えるのか、CD購入枚数が増えるからダウンロード回数が増えるのかはわからないのだ。

相関関係と因果関係、第3の因子

例えば、次のような話がある。
小学生の科目別の成績を調べたところ、社会と算数の成績にプラスの相関関係があった。
つまり、社会の成績が良い人は算数の成績が良い。逆に言えば、算数の成績が良い人は社会の成績が良い。


ここから導き出される結論はなんだろうか?
社会の成績が良くなれば数学の成績も良くなるということだろうか。
あるいは、逆に、算数の勉強をすれば社会の成績が良くなるということだろうか。


普通は、どちらもおかしな話だと気づくだろう。社会の勉強をしたからといって数学の成績が良くなるはずもなく、逆もまた然りだ。


この場合、「勉強する習慣があるかどうか」という第3の因子を考えると論理な結論が得られる。
つまり、勉強をする習慣があると、どの科目も成績が良くなるという考えだ。
勉強する習慣がある→算数の成績がよい。勉強する習慣がある→社会の成績がよい。だから、算数の成績が良い人は、社会の成績も同じように良いのだ。

P2PダウンロードとCD購入の相関関係、第3の因子

P2PダウンロードとCD購入の関係についても、上記の小学生の成績と類似させて考える方がよほど論理的な結論が得られる。


つまり、第三の因子として「音楽が好き」という項目を考えることだ。
「音楽が好き」→「P2Pダウンロード回数が増える」
「音楽が好き」→「CD購入枚数が増える」


おそらくほとんどの人が納得できるはなしだろう。

P2Pダウンロードの宣伝効果?

では。
音楽に興味がない人が、P2Pファイル共有で音楽をダウンロードして音楽を好きになっていくのだろうか?
音楽に興味がない人が、CDを購入して音楽を好きになっていくだろうか?
どちらも、音楽に興味がない時点で、P2Pダウンロードにより音楽を手に入れることも、CD購入により音楽を手に入れることもしないだろう。音楽を好きになる過程に存在するとは考えにくい。


音楽に興味がない人が、街角やお店のBGMを聞いたり、テレビ放送で音楽を聞く、あるいは友人にCDを借りることで音楽を好きになるだろうか?
これはYesの可能性を秘めているだろう。音楽に興味がなくとも、街を歩くし、お店に入る。そこで自分が望まなくとも音楽に触れることになる。テレビも同様で、テレビ番組を見ているうちに音楽に接することになる。友人から強制的にでも借りることになったら、1度は聞いてみるだろう。これらは音楽に接触する機会を増やす効果があり、音楽を好きになる過程に存在する。


そこに放送やBGMなどとP2Pファイル共有に大きな隔たりがある。


ついでに言えば、放送・お店のBGMは音楽産業の収益源で、P2Pファイル共有は収益源とはならないことも大きく違うと思う。