アニメ制作費の増加と労働条件の改善は別物&アニメ製作を三層構造で考える

アニメータの労働条件を良くするためにどうすべきか?ということを考えたエントリがあった。
http://semiprivate.cool.ne.jp/blog/archives/000715.html
要約すると、制作会社はテレビ局や広告会社などの製作側に比べて著しく力が弱く、資本市場の競争原理に任せるだけでは制作費を増やすことができない。その解決策として、行政の介入があるのではないか?といった話となっている。
力がない理由として、アニメータ・声優は代わりがきくからどうしても搾取される側に回るという話だ。

もっと上手い策、もっと精密な議論、多分大募集中。
 私のように素人臭い議論でもなんでもいいから思いつかれた方は、声を大きめにして話してみません? それがWeb2.0

とあるので話題がずれたり、解決策になっていないことを承知の上で、気になる点をいくつか書いてみたい。

テレビ局・広告代理店の搾取

まず、テレビ局・広告代理店の搾取という話について。
テレビ局や広告代理店が、スポンサーからの費用の多くをとり、実際の制作費にお金が回らないという話については、アニメ業界だけの話ではなく全てのテレビ番組について同じ構造となっている。
日本ではCATVやBSなどの普及率が低く、テレビ局が実質的に数chしかない。そのために1chあたりの平均的な視聴率も高く、テレビ放送をすることの付加価値が非常に高いため、そこに利益が集中するのもいわば当然といえる。
その状況が改善されるには、CATV等多チャンネル放送の普及か、国民の娯楽の中心がテレビからインターネット・携帯電話などへ移るといった、テレビ放送自体の付加価値が下がることが必要となる。


アニメ業界がとやかく言ったところで変えられるものではなく、アニメビジネスを考える上では所与の条件とする他ない。


つまり、テレビというメディアを利用したければ、それだけ高額の費用を払えということだ。
その費用を払わないで済む方法がないだろうかということで、深夜枠の利用、東名阪のみの放送、UHF局での放送、さらにはインターネット配信という方法が出てきており、大きな成果となっている。

制作費の増加と労働条件の改善は別

以下の引用部などにも端的に表れているが、アニメータ等の労働条件を良くするには、制作費を増やせばいいと単純に考えてしまうことが多い。
http://semiprivate.cool.ne.jp/blog/archives/000711.html

動画一枚210円で食べていく世界。・・・一話1000万レベルでこれということは、一話予算が650万円だったエヴァはどういう状態だったのだろう?

この答えとしては、「アニメータ等にとっては特に違いはない」という解答が最も正解に近いだろう。
「制作費を増やす」ことと「仕事単価を上げる」ことは、同じようでいて別の話だ。制作費を増やせば自動的に仕事単価が上がるわけではない、ということも考えなければならない。


テレビアニメ30分を作るための制作費は確実に増加してきている。
10年前は700万円800万円と言われていたものが、今は1000万円ほどといわれる。
上記の『エヴァンゲリオン』が650万円だったのに対し『バンブーブレード』は1000万というのも一つの証拠になる。
また、20年前のアニメと10年前のアニメ、10年前のアニメと今のアニメの動画枚数を比べてみれば一目瞭然だろう。
そして、(たぶん)その20年間アニメータの仕事単価は減少もしないかわりに、ほとんど上昇もしていない。


つまり、制作費の増加分がそのまま動画枚数の増加など質の向上にまわされ、アニメータ等の労働条件の改善には回されていないということになる。
制作費の増加傾向にある中で、その全てを質の向上にあてるのではなく、一部を制作スタッフの労働条件改善にあてる方法があるのかどうかを考えていかなければならない。

テレビアニメ製作の三層構造

上記のリンク先や他の「中間搾取が〜」といった意見を見ていると、「テレビ局などの製作側」vs「アニメータ等の制作側」という二項対立をベースに議論を成されている気がするが、むしろ三層で考えるべきだと思う。
アニメータは、制作会社の従業員として雇用されているわけではなく、フリーで一つ一つの仕事を請け負う個人事業者が多い。そのため、制作会社とアニメータ等の制作スタッフを同一視するべきではない。


「製作委員会(製作者)」←→「制作会社」←→「アニメータ等の制作スタッフ」


アニメータ等の労働条件の改善が難しいのは、製作者と制作者の間に制作会社というクッションが入る三層構造となっていることも一つの要因ではないだろうか。
アニメータが仕事単価の上昇を要求する先は制作会社となり、アニメの制作費を決定する製作委員会ではない。制作会社は、制作費を製作委員会からの受注金額内におさめなければ赤字となってしまうため、要求を呑みたくても呑めない。
また、製作委員会が制作費の増額を決定しても、制作会社は利益確保のため・自社の評判を挙げ実績を積み重ねるために仕事単価を上げるよりも作品の質を上げることを優先してしまう。
特に、元請け制作会社がさらに下請制作会社に発注したりと、制作会社の中でも多層構造ができあがるため、製作者とクリエイターの間に何重ものクッションが入ることとなり、お金を出す側と最終的に受け取る側が直接交渉できない。

アニメの供給過剰・競争過多と制作スタッフの労働条件

最近のアニメが多すぎるから儲からない、という話と、アニメータ等の労働条件が改善されないという話は全く別のこととして考えていいんじゃなかろうか。

アニメの供給過剰・競争過多については、三層構造の「製作者」の部分での競争が激しくなっているだけと言える。
「制作会社」にとっては受注数が増える分(制作数を増やせれば)利益が増えるという状況になっている。そしてアニメータ等にとっては、状況の変化はほとんどない。


アニメの作品数が増えたからと言って、アニメータの労働条件(仕事単価)が悪化することはなく、むしろ、人手不足な今、アニメータの立場が強くなる潜在性があるとも言える。

アニメータの仕事単価を上げるために

テレビアニメの製作を三層構造で考えた場合のパワーバランスは、
「製作委員会」>>「制作会社」>>「アニメータ等」
となっている。


アニメータの仕事単価を挙げるためには、このパワーバランスを変え、アニメビジネスでの利益を制作会社・アニメータ等へと還元するようなシステム作りが必要となる。
そして、少しずつだが、そういった方向へ進んでいる。いくつか思いついたことを挙げてみる。

制作会社の製作参加

大きな効果をあげたのが、制作会社の製作参加だ。
「制作会社」が「製作委員会」と一体となることで、アニメビジネスの利益を「制作会社」「アニメータ等」へ還元することができる。


以前は、制作会社が製作委員会へはいることなどできなかった。制作会社はアニメ制作を固定金額で受注するだけで、そのアニメがどれだけヒットしても収入が増えることはなかった。
10年ほど前から、たとえばプロダクションI.G.は下請制作の実績を積み重ねることで製作参加できるようになり、GDHGONZO)は新たなファイナンス手法を利用するなど経営力の強化により制作会社主導でアニメ製作を行うというスタイルを生み出した。
その結果、アニメ製作による利益が制作会社にまわるようになったし、アニメータでも一流の人間は会社の拘束料などで1000万円を超える収入を手にできるようになった。

アニメータ等の従業員化

アニメータ等を制作会社の従業員として雇用することで、出来高払いのみという状況をなくし最低限の収入を確保できるようにすることが、アニメータの労働条件の改善策の一つとして考えられる。
「制作会社」と「アニメータ等」が合体して、「製作委員会」に立ち向かおうという視点だ。


東映アニメーションなどでは労働組合が組織されており、会社との交渉によって、専属契約者を給与所得者とすることや退職給付制度を設けることなどが実現されているみたいだ。*1
また、スタジオジブリも制作スタッフの多くを従業員として雇用している。鈴木敏夫プロデューサによれば、昔の映画のスタジオ制を手本とする形での人材育成を目指すことが目的とのことだが、従業員となることで労働条件が改善されるのは間違いない。


このようにアニメータを従業員化するためには制作会社の経営基盤の安定化が必要となる。
制作スタッフを従業員として雇用するということは、人件費が固定費となるため、安定した数の制作受注が必要となるからだ。そのためには、制作会社が一定規模以上とならなければならず、制作会社の合併・集約が必要となる。


しかしながら、多くの制作会社は、そもそも好きな仕事をしたいからという理由でクリエイターが独立して設立した会社が多く、またクリエイター自身も会社に縛られることを嫌う人が多いため、必ずしも良い方法とは言えない。

制作会社の団結、アニメータ等の団結

制作会社が多いから、代えがきくということで、安い価格での制作受注をせざるを得なくなる。
アニメータ等の数が多いから、代えがきくということで、安い単価で仕事を引き受けざるを得なくなる。


ならば、制作会社が団結して製作委員会に立ち向かう、あるいは、アニメータ等が団結して制作会社にたち向かえば良い。
制作会社の団結とは、合併ということになるが、実際には困難だ。
アニメータ等が団結し、制作会社に単価アップを要求したところで、制作会社にはそれを検討する権利がそもそもない。


それならば、制作会社・アニメータが団結することで、製作委員会に対する交渉力を持てばよい。
それが、制作会社の社長が主催して最近設立されたJAniCA*2の最終的な目標なのではないだろうか。