「体験」へのシフト

音楽産業では、デジタル化・インターネットの普及による影響の対応策の一つとして、CD販売からライブへのシフトが起きている。
音楽産業で起きた問題が映像産業も遅れて発生しているわけだが、その対応策として音楽産業と同じような方法がとれるのだろうか?

音楽産業における「体験」へのシフト

「音楽で起きたことは次に映像で起きる」という話がある。


インターネットの普及によるコンテンツの違法コピーの流通によって、今までのパッケージ化されたコンテンツの流通が脅かされることになった。


音楽産業では、その対応策の一つとして、今までのパッケージメディア中心の収益構造から、ライブ中心の収益構造への移行が行われつつある。
極端な例でいえば、バンドがネット上で無料で音楽を提供する(ネット上ならば流通経費がゼロに近いためこうしたことが可能となった)ことで、ライブの客を増やすということだ。


簡単にコピーが可能なデジタルデータを売るのをやめて、ライブという一回限りの体験を売るという、回帰ともいえる現象が起きている。

映像産業における「体験」

これと同じことを、映像産業でもできるのだろうか?


映像産業における違法コピー等の問題について、音楽産業での「体験」へのシフトと同様の対策を行うためには、映像コンテンツにも音楽でいうライブのようなパッケージメディアの収益源を代替する「体験」が必要だ。
その「体験」は、(1)1回限りのものであって、かつ、(2)パッケージメディア以上あるいはパッケージメディアとは異なる魅力を持っていなければならないだろう。


映像産業といっても幅広いわけだが、映画とアニメについて考えてみる。

映画の「体験」

映画では、DVDパッケージに対比させるものとして、映画館での上映が考えられる。


映画館での上映は売れるだけの「体験」となるのだろうか?
映画館での視聴は、劇場公開期間のみ可能ということで1回限りではないものの、視聴する機会が限定性されており(1)の条件は満たしているとい問題はえる。
(2)については、大きなスクリーンに迫力のある音響ということで家でDVDを見る以上の魅力を持っているということは言えるかもしれない。ただし、映画料金が高いという人が多いことなどから、その魅力はそれほど大きなものではない。


映画の「体験」を売るためには、映画館で見ることの魅力を大きくすることが必要となる。
たとえば、最近3Dシアターなどで映画のキャラクターなどが飛び出て見えるといったことも、映画館でしか体験できない魅力なのだろうが、完全な普及には遠く及ばない。
他には、相対的な魅力を大きくするという意味で、単純に映画料金の値下げを行うという方法もあるのかもしれないが、値段を下げられるものならこの話など関係なくすでに行われているんだろう。

アニメの「体験」

アニメの「体験」として思いつくのは、日本で言えば夏冬のコミケアメリカでのアニメコンベンションなどのファンが集う巨大イベントがだろうか。


これらのイベントは1回限りであって、参加する機会が限定されており(1)の条件は満たされる。
また、同じファンたちが集まってコミュニケーションする、同人誌即売会を行うなどなど、テレビ画面でアニメを見ることとは完全に異なる魅力を持っており(2)の条件も満たす。


しかしながら、それらのイベントでコンテンツ製作者が収益を得られていないという(パッケージから「体験」へのシフトという方策とっては)致命的な問題点が存在する。


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先日発行された「2008オタク産業白書(メディアクリエイト)」によれば
・DVD/CD(アニメ)   340.2億円(18.2%)
・出版コンテンツ   406.7億円(21.8%)
・ゲーム   560.8億円(30.0%)
・フィギュア・グッズ類   281.8億円(15.1%)
・同人誌   277.3億円(14.9億円)

と、これを見れば、同人誌市場がすでに「おまけ」とか「ファン活動」といった言葉では済まされないだけの規模を持っているのが判るわけだ。「同人誌に落ちる金はめぐりめぐってコンテンツホルダーを潤す」なんて寝言はナシね。一人一人の人間の可処分所得なんて高が知れてるし、例えば「サークルで100万稼ぐ」にはそれ相応のコスト(印刷費やイベント参加費)がかかるし、これは絶対に権利者には還流されない。


と規模は大きく非常に魅力的だが、コンテンツ製作者の収益源とはなっていない。
アメリカでもコンベンション参加者は増加し続けているのに、アニメDVDの売上は下落しているという現象が起きているとどこかで見たことがあるが、これと似たような現象なのだろう。


アニメにも「体験」は存在するんだけど、そのお金はコンテンツ製作者にまわらない。
この場合、他の「体験」を見つけ出すべきなのか、それともコンテンツ製作者がお金を得られるような方法を考えるべきなのか。
前者は見つけ出すこと自体が非常に難しそうで、後者はお客さんであるファンから大きな反感を買ってしまいそう、とどちらにしろなかなかうまくはいかなさそうだ。

まとめ

まとめにならない身も蓋もない結論だが。
音楽産業の「体験」へのシフトは、そのまま映像産業に適用するにはかなりの困難が伴うようだ。