ビデオオンデマンドへのインセンティブ

 興味深い記事を発見した。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20070508/124370/
 この記事では、ビデオオンデマンド(VOD)サービスが普及するかどうか。普及するために必要なことを検討した記事だ。無料VODサービスについては、主な収益源が広告収入であるが、最大手(Gyao)でも黒字化できていない現状をふまえ、有料VODサービスの普及へに対すしての期待がされている。


 興味深いのは、その中におけるコンテンツ製作者(権利者)のVODに対する動機についての部分だ。
 曰く、

 現状の有料VODサービスの大きな問題は、利用者が視聴できる映像コンテンツが限られていることである。VOD市場が成長するためには、消費者ニーズを満たす数多くの映像コンテンツを提供する必要がある。それにもかかわらず有料VODサービスでコンテンツが充実しないのは、コンテンツの権利を持っているコンテンツ製作者がコンテンツを提供しないからだ。


 コンテンツを提供しない理由は、映画やアニメなどのパッケージメディアのコンテンツ製作者と、地上波放送(テレビ)の放送局とで異なる。


 映画やアニメなどの製作者にとっては、既存事業が脅かされることが最も重要な問題である。彼らは、収入の多くをパッケージメディアの販売やレンタルの収入から得ている。しかしVODサービスの利用者が増えていくと、パッケージメディアやレンタルの収入が減少してしまう可能性がある。そのため、現在、コンテンツ製作者はVODサービス提供者にコンテンツを高い価格で卸売りしている。これでは、VODサービスで提供されるコンテンツは増えていかない。


 一方、テレビの場合、この問題は少ない。なぜなら放送事業者の主な収入は地上波放送の広告収入によるもので、パッケージ販売によるものでないからである。つまり、VODサービスの収入は既存事業の収入に追加される。むしろ、テレビの場合は著作権処理の問題が大きい。地上波放送の映像コンテンツ(番組)をVODサービスで利用するためには、コンテンツに関わる多くの権利者すべてから許可を得なければならず、そのために煩雑な処理を行う必要がある。結果的に、苦労の割に実入りが少ないと判断されてしまうのである。


 このように、パッケージメディアの製作者は既存事業が脅かされるためにVODへの動機が低く、テレビの場合はそのようなことがないためVODに対する動機は高いが権利処理の煩雑さから敬遠されていると書かれている。


 これが、私の考えと真逆でおもしろい。
 私は、パッケージメディア製作者が持つ動機が大きく、テレビ局が持つ動機が小さいと考えている。
 パッケージメディアの製作者にとっての主な収入源はメディアの販売とレンタル(映画は興行もある)だが、VOD配信によって打撃を受けるのはレンタルによる収益で、パッケージメディアの販売は殆ど打撃を受けることはないと考えられる。
 パッケージのの購入者というのはレンタルすれば見られるものを、敢えて高い金額を出してコンテンツを所有するという行動である。VODによる配信は、1度(一定期間)の消費の権利というレンタルの機能と同じであるるため、パッケージ購入者にとって大きな影響を与えることはない。それに対して、レンタルと有料VODは機能が同じで顧客層が一致するため、有料VODが普及すればレンタルによる収益は減少することになる。しかし、レンタルのためのパッケージメディアの制作費が必要なくなることや、店舗を持たないが故にレンタル店に比べVOD事業者のほうが低コストで消費者に届けられる可能性が高いこと、レンタル店は物理的な制約からおける商品に限りがあるがVODの場合は無限に近いコンテンツを配信できる余地があることから、有料VODビジネスがある程度の存在感を示すに至れば収益拡大が見込める。レンタルを収入源の一つの柱としているパッケージメディア製作者は、その期待から有料VODへのインセンティブが大きくなると考えられる。ただ、レンタルによる収入は、パッケージのレンタル店への売り切りによる収入の場合と、レンタル数に応じて使用料を受け取るという形があり、おそらく有料VODにおいては視聴数に連動した収益となるため、売り切り型が望ましいと考えるコンテンツ製作者にとっては有料VODへのコンテンツ提供のインセンティブが薄くなることも考えられる。

 テレビ局は、主たる収入源がテレビ視聴による広告収入によるものであり、それ以外の収入は副次的なものだ。放送コンテンツは放送に最適化されているため、何度も繰り返し見られることや、制作後ある程度の期間がたった後でも魅力的であるといったことを想定したものが多くない。近年収益源の多様化を目指した動きが大きくなってきてはいるが、あくまで副次的な収入であり、未だ収益源としての存在感を持たない有料VODに対してそれほど大きなインセンティブは生まれないと考えられる。テレビ局がもつコンテンツの算入のインセンティブが高まるのは、有料VODの市場が一定規模以上となってからであろう。


 現在の状況の理解の仕方は比較的似ている(素人の私の方が曖昧で不正確であるにせよ)と思うのだが、そこから導き出される考え方が大きく違うということは、非常に興味深い主張だった。


 ちなみに、記事では有料VODが普及できていない原因として、コンテンツのラインナップがレンタル店に比べ大きく劣ることと視聴までの環境(利便性)が挙げられているが、それ以外に、レンタル業界からの反対・抵抗(これがラインナップ不足にもつながる)や、家庭においてビデオ・DVD視聴環境(ほぼ100%)に比べブロードバンド環境が整う割合が低いことなどがあげられると思う。